野中寺は聖徳太子が建立した河内三太子のうち「中の太子」としてしられています。ちなみに他の二つは、「上の太子」が太子町の叡福寺、「下の太子」が八尾の大聖勝軍寺となっています。栞によると、南北朝時代の争乱で伽藍はことごとく灰燼に帰してしまったらしく、今でもその時の礎石がいくつか残っています。今回、そのうちの三重塔跡に上がってみたのですが、まあ争乱なんて思いもよらないくらいのんびりとした場所です。ここから見る境内の様子も平和そのもの。この美しい景色を見るだけで、野中寺に来る価値は十分にあると思います。
場所:大阪府羽曳野市野々上5-9-24
電話:(0729)53-2248
当山は北陸総鎮守「気比神宮」の学問所とし、藤原不比等の子、北家藤原家「藤原武智麻呂」により、「春鶯山 気比神宮寺」として創建される。その後、永仁二年(1294)三月、日蓮聖人の法孫である日像上人が華洛弘教の途中、当山にて一夜の宿を申し出た。時の別当であった「覚円」はその数四六番の法論を交わすも、日像上人は悉くそれを論破。教化を受けた覚円は気比神宮寺を現寺山号に改める。覚円が日像上人の弟子となった事により、覚円の弟であった「明覚」は寺宝である「名刀番神丸」を手に夜襲を企てたが成らず、かえって教化されたという。寺伝には、「夜襲行いしかども、三十番神上人を守りこれにて、改宗いたし・・・」とある。
時は流れ、当山第七世「三智院日森上人」は宗風を盛んにし本山客末上首となる。これにより、本山と同じであった山号に「最初」の二字を加わり「最初具足山 最初妙顕寺」と号し、日像菩薩「四箇聖跡」中第一の名刹となったのである。
住所 〒914-0076福井県敦賀市元町9-18
電話 0770-22-1368
本寺は塔世山四天王寺と称し、曹洞宗の中本山です。推古天皇の勅願であり、聖徳太子の建立と伝えられています。
用明天皇の時、聖徳太子は守屋大連の軍に三度も敗れました。そこで太子は四天王尊像を刻み、「もし我が勝利を得れば、寺塔建立するから勝利を与えてほしい」との誓願をたてました。
その結果、守屋の軍をやぶることができたため、誓願どおり建立した四つの四天王寺を建立しました。その一つが、本寺であるとされています。
住所 〒514-0004 三重県津市栄町1丁目892
電話 059-228-6797
住所
〒615-8294 京都府京都市西京区松室地家31
電話
075-381-3830
天台真盛宗別格本山。1488年(長享2年)に建立。
鎌倉時代の往生要集を所蔵。
十六羅漢や滝のぼりの鯉の彫刻がある山門や笏谷石(しゃくだにいし)に彫られた30体の石仏、3mの不動明王、地蔵菩薩があります。
所在地 福井県越前市京町3-3-5