妙顕寺 

Posted on 6th 5 月 2010 by admin in お寺

当山は北陸総鎮守「気比神宮」の学問所とし、藤原不比等の子、北家藤原家「藤原武智麻呂」により、「春鶯山 気比神宮寺」として創建される。その後、永仁二年(1294)三月、日蓮聖人の法孫である日像上人が華洛弘教の途中、当山にて一夜の宿を申し出た。時の別当であった「覚円」はその数四六番の法論を交わすも、日像上人は悉くそれを論破。教化を受けた覚円は気比神宮寺を現寺山号に改める。覚円が日像上人の弟子となった事により、覚円の弟であった「明覚」は寺宝である「名刀番神丸」を手に夜襲を企てたが成らず、かえって教化されたという。寺伝には、「夜襲行いしかども、三十番神上人を守りこれにて、改宗いたし・・・」とある。
 時は流れ、当山第七世「三智院日森上人」は宗風を盛んにし本山客末上首となる。これにより、本山と同じであった山号に「最初」の二字を加わり「最初具足山 最初妙顕寺」と号し、日像菩薩「四箇聖跡」中第一の名刹となったのである。
住所 〒914-0076福井県敦賀市元町9-18  
電話 0770-22-1368

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